International Satoyama Intiative

SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)は、持続可能な社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(SEPLS)の価値を世界で広く認識してもらうことによって、その保全と再生を促進する取り組みです。

アメリカ合衆国ルイジアナ州における水田の持続的利用と生物多様性の維持

提出機関: ---
提出日: 03/05/2010
カテゴリー:
  • 凡例:農地
地区: ルイジアナ州
国名: アメリカ合衆国
詳細地図: 詳細地図(Google map)
要旨: ルイジアナ州で、米生産、ザリガニの養殖、水鳥の生息場所の提供などの複数の機能をもたせた湿地(水田)を、「Working Wetland(働く湿地)」と呼んでいる。例えば、セントマーティン郡では、農家は水田で養殖しているザリガニが地域の生態系の一部である水鳥に捕食されることを許容し、生物多様性の保全に役立てている。

米の収穫は年に1、2回で、1度目の収穫は7月に、2度目の収穫が行われる場合は秋に行われる。これは米とザリガニの値段や質によって決められる。3月に稲の種撒きが行われた後、水田の水位は2週間、2インチ程度に保たれる。これは水鳥の生育に適するほか、雑草の防除にも有効である。

ザリガニは5月または6月頃、水田に放流される。これは、稲が十分に生育する時期であり、ザリガニはある程度水鳥による捕食から守られる。ザリガニの十分な餌を確保するために、農家は農薬に配慮し、生物多様性を維持している。また、このような人為的だが自然に優しい環境下において生息する、カエル類、アリゲーター、カメなどの水生動物が食用に利用され、鳥類も捕獲対象である。

この地域の農家は、生態系の様々な側面を活用することで、生産性と生物多様性の両方を向上させているのである。
キーワード: 湿地、水田、ザリガニ、多面的機能
著作者について: 戸田 光彦 財団法人自然環境研究センター主席研究員。専門は動物生態学・爬虫両生類学。海外から日本に持ち込まれた外来爬虫類・両生類の生態に関心がある。里地里山の調査と保全、小笠原における外来爬虫類の対策と自然再生などの業務を担当。

井上 隆 財団法人自然環境研究センター研究員。専門は魚類生態学・砂浜生態学。東京大学大学院農学生命科学研究科農学特定研究員(2005年-2007年)を経て現職。自然環境研究センターでは、外来生物問題調査検討業務などを担当。
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広大な国土を持つアメリカ合衆国には、大山脈や大平原、熱帯から寒帯までの気候など、多様な自然環境が見られる。 農業大国のアメリカ合衆国では、国土の多くを農地として利用しており、そこでは、小麦、トウモロコシ、大豆などさまざまな農産物が生産されている。本稿では、先進国で大規模な農業が実施されている北米アメリカ合衆国において、温暖な気候とミシシッピ川の肥沃な沖積平野に恵まれ、米、サトウキビなどをはじめとする農林水産業が盛んなルイジアナ州における二次的自然の持続的利用と生物多様性の保全の取り組みについて調査した事例を紹介する。

1. 調査の概要

調査地のルイジアナ州の面積は、陸地が約11万平方km、水域が約2万平方kmで合計約13万平方km、そのうち約5.7万平方kmは森林である。州北部の東境はミシシッピ川、州南部はミシシッピ川が貫通し、メキシコ湾に面している。西はテキサス州、北はアーカンソー州と隣接する。ルイジアナ州では農林水産養業が盛んに行われおり、主要な生産品は、木材、米、サトウキビ、水産産物(世界最大の食用としてのザリガニ生産地)などである。また、農林水産業以外の産業生産品では、化学製品、石油、観光業などがある。

ルイジアナ州での情報収集は、ルイジアナ州のセントマーティン郡等で聞き取りを中心に2009年12月2日から12月11日にかけて実施した。また、聞き取り調査に加えて、ワークショップを開催し、ルイジアナ州立大学農業センターおよびルイジアナ州立大学の関係者等からも情報を収集した。

2.水稲栽培とザリガニ養殖を組み合わせた水田の維持管理と生物多様性の保全

(1)Working Wetland

「Working Wetland:働く湿地」とは、湿地(水田)に、米の生産、ザリガニの養殖、水鳥の生息場所の提供などの複数の機能を持たせることを指す言葉である。取材地のセントマーティンヴィル郡では、「Working Wetland」の取り組みとして、水田で養殖しているザリガニが、飛来する水鳥に捕食されることを許容し、持続的に水田を利用しながら、地域の生物多様性の保全を行っている。

(2)セントマーティンヴィル郡の土地利用の変遷

取材地はかつて森林で、取材地の農業者の祖父は林業を営んでいた。1920年代にミシシッピ川の堤防ができたことにより、この土地が湿地となり、その後、水田耕作が始まった。以前は水田に生息しているザリガニを食用として利用していたが、1960年代から米の生産に加えて、商業的にザリガニ養殖をするようになった。近年では、米価が不安定で米の単作による経営リスクの回避するために、水稲栽培と同時に水田内でザリガニの養殖も実施している。

(3)米の生産

取材地の農場は「ルイジアナ・マスターファーマープログラム」のもとで農業を実施しており、約400エーカーの農地で水稲栽培などを行っている。

稲作のやり方は次のとおりである。田植えはせず、水田に直接種もみをまく。種まきは春(3月)に行われ、主に播種用トラクターを利用するが、小型飛行機を利用することもある。収穫は年に1~2回程度行い、第1回目の収穫は7月で、稲の生長の状態によって第2回目の収穫を10月または11月に行う。種蒔きから2週間程度は水田の水位は水深2インチを維持している。この水深は水鳥(例えばシロトキ Eudocimus albus)などの水鳥の生息に適している他、雑草のコントロールにも有効である。水位は稲の生長に併せて4~6インチまで水位を高くして、収穫の直前に水田から水を抜いている。水は沼からポンプで吸い上げ、サトウキビ畑から流れ込んだシルト分を沈殿させるための、沈砂池を通して水田に入れている。

写真1. 取材地(ルイジアナ州セントマーティン郡)の広大な水田 (Stefan Ottomanski(財団法人長尾自然環境財団))

播種は毎年行いながら、3年間で5回程度収穫し、この間は耕起しない。4年目は水を張って休耕し、耕起ののち、新たに作付を行う。生産している米は長粒米(インディカ米)で、7月の1回目には約8000ポンド/エーカー、第2回目には約3200ポンド/エーカーの収穫がある。なお、米価は未加工のもので22ドル/バレル程度である。

写真2. 播種用トラクター (Stefan Ottomanski(財団法人長尾自然環境財団))

(4)ザリガニの養殖

養殖に用いられているのは、日本にも導入されているアメリカザリガニ Procambarus clarkiiなどである。ザリガニの養殖では、3月に撒いた稲が適度に生育した5月から6月頃に購入したザリガニを水田に放流する。この時期に放流すると、生育した稲が放流したザリガニの隠れ家となり、水鳥などによる捕食の影響を低減させる効果がある。放流したザリガニは、1回目の収穫前頃に繁殖する。ザリガニは脱皮ごとに20%程度成長するが、天候などの条件によって成育状況は異なる。放流されたザリガニは、水田内に生息する水生昆虫やオタマジャクシなどを餌として成長する。これらの餌生物が不足するとザリガニが共食いするので、水田の生物多様性を高く保つために利用する農薬などに配慮している。収穫の直前になると水田の水を抜くが、収穫時にはザリガニは水田の泥に巣穴を掘って過ごしている。

ザリガニの収穫は米の収穫後に行うが、秋に2回目に米を収穫する際の米の状態や、米価、ザリガニ価格を勘案して、ザリガニを収穫するか、米を収穫するかを決めている。このため、2回目の米を収穫しない場合もある。ザリガニは1000ポンド/エーカー程度の収穫が見込め、価格は変動的で30セントから3ドル/ポンドである。

写真3. 取材中に確認されたザリガニ (自然環境研究センター)

ザリガニの捕獲にはトラップを利用する。トラップの目合いは2cm程度で2種類あり、小型のザリガニが捕獲されないようにしている。水田に水を加える場合には、ザリガニの捕食者であるブルーギルなどの魚類が水田に侵入しないように、水の取り入れ口にスクリーンを設置している。

(5)水田及びその周辺の生物多様性

取材地では、水生生物の食用利用が多く、カエル類、アメリカアリゲーター Alligator mississippiensis、カミツキガメ Chelydra serpentinaなどが利用されている。また、ナゲキバト Zenaida macroura、コリンウズラ Colinus virginianus等の鳥類も捕獲対象である。水田では、ザリガニの捕食者あるいは競争者(水生昆虫などザリガニの食物資源を食べてしまう)となる水鳥が多数確認されており、ザリガニの生産効率のみを重視して養殖することを考えると、水鳥はいない方がよい。しかし、取材地では水鳥にザリガニが捕食されることなどを許容して、持続的に水田を利用している。なお、ザリガニの捕食者はサギ科、トキ科、カモメ類で、ザリガニの競争者は主にカモ科(ガン類を除く)である。

写真4. ザリガニ捕獲用トラップ (Stefan Ottomanski(財団法人長尾自然環境財団))

なお、現地における取材時にはシロトキ、ダイサギ Casmerodius albus、ユキコサギ Egretta thula、オオアオサギ Ardea herodias、マガモ Anas platyrhynchos、ハクトウワシ Haliaeetus leucocephalus、ヒアリ Solenopsis invicta、アカガエル科のオタマジャクシなどが観察された。

写真5.取材地で採集された水生生物 (自然環境研究センター)

3.おわりに

(1)ルイジアナ州における二次的自然の利用について

ルイジアナ州では、「自然は敵である」という考えのもと、自然地域を農地に変えてきたが、最近20年で自然に対する考え方や利用方法が変わってきている。例えば、土壌に大きな負荷のかかるトウモロコシ畑では、トウモロコシ以外の作物も植えたり、殺虫剤など農薬の使用を控えるなど、大規模でも持続的な農業を行っている。なお、野生動物の消費的な利用である狩猟は減っており、非消費的な利用であるバードウォッチングなどが増加している。

写真6. シロトキ (Stefan Ottomanski(財団法人長尾自然環境財団))

(2)自然環境の保全および再生に関する取り組み

アメリカ合衆国では、自然環境の保全および再生に関する取り組みとしてWetland Reserve Program(WRP)、Conservation Reserve Program (CRP) などのプログラムがある。これらのプログラムは条件の悪い農地での自然再生に対して援助を行う取り組みである。

WRPは水鳥の生息地を中心とする湿地の保全再生を目的としており、30年間の契約のもとで実施される。一方、CRPは条件の悪い農地で土壌侵食の防止などを図るプログラムで、植林などが行う。この他、農業者が環境の質を高めることに対するインセンティブを与えるプログラム(Environmental Quality Incentives Program, EQIP)もある。

ルイジアナ州立大学農業センターでは、本稿で紹介した農業者が、ザリガニ、水鳥、水(水位・水質)を保全するような事例に対する援助が行われるよう政府に働きかけている。このような農業を通じた生物多様性の保全により、ルイジアナ州における水田周辺の生物多様性が高まることが期待されている。

本調査を通して、日本を遥かに離れた新大陸にも広大な水田が広がっていることが実感された。ここには「モザイク的な景観」も「1000年に及ぶ長い歴史」もなく、日本の丘陵に見られる水田とは全くi異質のものであるが、それでも高い生物多様性が創出・維持されていることが認識された。このことは、SATOYAMAイニシアティブに関連する今後の取組について検討する上で、重要な示唆を与えるものと考えられる。

参考文献

Coreil, Paul. 1993. Wetland function and Values in Louisiana. LSU Agricultural Center and Louisiana Sea Grant College Program. Booklet. 13pp.

Conservation Reserve Program(http://www.fsa.usda.gov/FSA/webapp?area=home&subject=copr&topic=crp)

LSU AgCenter (http://www.lsuagcenter.com/)

2008 Louisiana Summary of Agriculture and Natural Resources (http://www2.lsuagcenter.com/agsummary/)

Wetlands Reserve Program (http://www.nrcs.usda.gov/programs/wrp/)