IPSIニュースレター2021年9月号

2021.09.28

 秋晴の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のパンデミックが世界中の人々の生活に影響を与え続ける中、オンラインで開催された生物多様性枠組に関する第3回公開ワーキンググループ(OEWG-3)や、フランス・マルセイユで開催されたIUCN世界自然保護会議では、私たちが直面している問題の緊急性および可能な解決策、そして政府や様々な利害関係者のコミットメントの重要性が強調されました。

 さて、2021年9月号のIPSIニュースレターをお届けします。日本語では概要のみご紹介しておりますので、詳細は本文をご覧ください。

1.祝!IPSI運営委員会委員長アルフレッド・オテン・イェボア教授、ジョン・C・フィリップス・メモリアルメダル受賞

 IPSI運営委員会委員長のアルフレッド・オテン・イェボア教授は、フランスのマルセイユで開催された国際自然保護連合(IUCN)の世界自然保護会議(WCC)2020に出席し、IUCNの最高賞である、ジョン・C・フィリップス・メモリアルメダルを受賞されました。おめでとうございます。ア・ロシャ・ガーナの理事長であり、ガーナ共和国国家生物多様性委員会議長、ガーナユネスコ委員会の委員でもあるイェボア教授は受賞スピーチの中で、「3つの世界的危機」および「政策レベルと研究レベルの両方で為された多大な努力」に言及し、「生物多様性を保護することが出来れば、土地の劣化や気候変動は過去のものになるだろう」と述べました。IPSIニュースレターの読者に向けて、イェボア教授より以下のメッセージを寄せて頂きました。

 「私たちは、ある種の誤解や既得権、国の誇りのために、自然の事柄についての交渉に何時間も、何日も、何ヶ月も、何年も費やしています。私たちに生命を与えてくれる生態系がその転機にあることを確信しているのであれば、私たちの交渉は、自然関連の問題が複雑であることを認めつつ、誠実で、シンプルで、思慮深いものでなければなりません。自然には権利があり、その権利は尊重されなければなりません。私たちは、自然には自然独自の生存方法があることを常に念頭に置かなければいけません。自然には回復力があります。そして癒し、繋がり、調和、変化という一連の過程がそのすぐ後に続いていきます。私たちは楽観的であるべきでしょう。」

 イェボア教授、改めておめでとうございます。教授のリーダーシップに感謝すると共に、その情熱、洞察力、専門知識に支えていただきながら、IPSIメンバーと共に今後IPSIをさらに推進してまいりたいと思います。

 ア・ロシャ・ガーナのウェブサイトに掲載されている同氏の経歴については、こちらをご覧ください。ジョン・C・フィリップス・メモリアルメダルについては、IUCNのウェブサイトをご覧ください。2021年9月9日、マルセイユで開催されたIUCN WCC2020における受賞コメントの録画画像はこちらからご覧いただけます。

2.訃報:ニマル・ヘワニワ氏(スリランカ/ニルマニー開発財団)

 IPSI事務局は、スリランカのニルマニー開発財団(NDF)の創設者である、ニマル・ヘワニワ氏の訃報に接し、深い悲しみを感じています。NDFはIPSIメンバーであり、2020年度SATOYAMA保全支援メカニズム(SDM)の助成対象団体です。ニマル・ヘワニワ氏は先住民や地域コミュニティのための活動に誠実に取り組まれ、SATOYAMAイニシアティブを支えてくださいました。自然と人間に対する同氏の情熱と献身は、多くのIPSIメンバーを勇気づけました。フォーレスト・ピープルズ・プログラム(FPP)のマウリツィオ・フェラーリ氏より以下の追悼メッセージを寄稿いただきました。

 「ニマル・ヘワニワ氏は、環境と人間の福利の擁護者でした。生物多様性の保全、持続可能な利用、そして回復において、先住民や地域の知識と役割が尊重、認識、復興されていくよう、過去数十年、献身的にたゆまぬ努力を続けられました。こうした同氏の姿勢は、コミュニティの権利と自然の代弁者として尊敬を集めてきました。彼はいつも明るく、思いやりがあり、どんな状況でも安心して任せられる方でした。スリランカの地域や国レベル、さらに地球規模、とりわけ国連生物多様性条約や、生物多様性と生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォームへの実り多き関与により、同氏は世界中の多くの人々にとって、偉大な友人であり、仲間でした。

 ニマルさん、あなたの思慮深い取組、経験の共有、そして何より人々を笑顔にする、あなたの笑顔を決して忘れることはありません。人々があなたのインスピレーションと英知に続き、より良い世界を目指しますように。」

ニマル・ヘワニワ氏のご逝去を悼み、同氏のご家族、ご友人の皆様の心に寄り添いながら、心から哀悼の意を表します。

3. ポスト2020生物多様性枠組に関する第3回公開ワーキンググループ(OEWG-3)の成果

 生物多様性条約(CBD)の交渉に関し、2021823日から93日にかけて、オンラインにてポスト2020生物多様性枠組に関する第3回公開ワーキンググループ(OEWG-3)が開催されました。ポスト2020生物多様性国際枠組に関する第2回公開ワーキンググループ(OEWG-2)以降の進捗を確認し、生物多様性枠組(GBF)の第一次草案に寄せられた提案を検討し、また、GBFの文脈において遺伝資源に関するデジタル配列情報にどのように取り組むかが議論されました。

 2週間以上にわたる本会議とコンタクトグループで、締約国は国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)IPSIの代表者を含む幅広いステークホルダーとともに、GBFの第一次草案の目標、ターゲット、主要な要素に関する更なる議論を行いました。2030年行動目標の文言を改善するための提案が、先住民、CBD女性委員会、若者グループ、市民社会団体など多くのステークホルダーから出されました。提案はコンタクトグループ会議で手短に議論され、来年初頭に開催予定のOEWG-3の第2部での更なる審議に向けて、テーマ別の共同リーダーによってまとめられました。

 ターゲットは、具体的、測定可能、野心的、現実的、かつ期限付き(SMART)であるべきであり、提案された最終目標とマイルストーンに加えていくべきであるという理解が、多数の締約国とオブザーバーによって表明されました。またGBFの実施を可能にし、持続可能な価値連鎖を構築し、世代間の公平性を確保するために、資源動員を増やすことの重要性も強調されました。

 参加者は、GBFを野心的かつ変革的なものにし、その新しい草案がすべてのステークホルダーの見解を全面的に反映させるために必要な要素について議論しました。UNU-IASは、ポスト2020生物多様性枠組の議題4のコンタクトグループ3 (目標9-13)とコンタクトグループ4(目標14-21)に書面による提案を提出し、ランドスケープ・アプローチ、持続可能な生産や漁業、土壌生物多様性の保全、都市部の生物多様性保全に関連する表現を改善し、目標が確実に生物多様性保全に重点を置くことの意義を伝えました。

 生物多様性国家戦略(NBSAPs)および国別報告書を指針とした実践的な実施およびモニタリングの枠組を作ることの重要性については、締結国間で概ね合意されました。しかしながら、時間の制約により、提案されたヘッドライン指標とNBSAPsの改訂プロセスに関する議論には至りませんでした。

 会議の合間には、生物多様性条約第15回締約国会議(COP-15)に向けた政治上の動機付けのため、ハイレベルによる生物多様性プレCOPイベントが開催されました。コロンビアが主催したこのプレCOPイベントには、各国首脳も参加し、自然と人々のための高い野心連合(HAC)のメンバーや、自然回復の誓約(Leaders’ Pledge for Nature)への署名国を含む各国政府の公約が発表されました。

ポスト2020 GBFの議論は、20221月にジュネーブで再開され、COP-15での採択に向けて、各国代表団がGBFの交渉を進めることが期待されています。

 コンタクトグループの共同リーダーによる報告書を含む会議の報告書はCBDのウェブサイトにてご覧いただけます。

4. 論文募集:「Ecosystem Service and Land-Use Change in Asia: Implications for Regional Sustainability」

 IPSIメンバーである地球環境戦略研究機関(IGES)が、オープンアクセスジャーナル「Sustainability (ISSN 2071-1050, IF 3.251)において、「Ecosystem Service and Land-Use Change in Asia: Implications for Regional Sustainability」と題した特集号のための論文を募集しています。募集されている論文は、土地利用、被覆変化の分析、生物多様性と生態系サービス、人々への自然の貢献、景観の持続可能性などに関連するものです。IPSIメンバー団体の執筆者は、ぜひこのトピックに関連する独自の研究やレビュー論文の提出を検討されてはいかがでしょうか。提出の締切は、202241日です。

 詳しくは、こちらをご確認ください。

5.記事紹介:Satoyama Indexを用いた社会生態学的生産ランドスケープのグローバルマッピング

 社会生態学的生産ランドスケープ(SEPL)を地図化することはIPSI設立当初から求められていましたが、SEPLが持つ多元的な価値を表すことは困難な課題でした。国際教養大学の名取洋司准教授(IPSIメンバーであるコンサベーション・インターナショナル・ジャパン顧問)らの研究により、生物多様性の視点から開発されていた「さとやま指数」が世界のSEPLの地図化に使えることが示されました。解析では、衛星データと合わせてIPSIメンバーから提出されたケーススタディを活用しています。IPSIが関心を持つ地域は、既存の保護地域の外にあることが多いことが改めて明らかになり、OECMがその価値の認知と保全を進める上で効果が期待されることが議論されています。また、土地利用・被覆の変遷を組み込んだり、よりローカルなスケールでは土地利用を細分化して表すことが、より正確なSEPLの把握につながると指摘しています。

この研究は、コンサベーション・インターナショナル、地球環境戦略研究機関、国連大学サステイナビリティ高等研究所、地球環境ファシリティが実施したIPSI協力活動であるGEF-Satoyamaプロジェクトの一環で実施されました。


本論文はこちらからご覧いただけます。

6.記事紹介: 環境保全情報センター (ウガンダ)によるピクトリアルレポート

 環境保全情報センター(EPIC)より、ウガンダのヴィクトリア湖での、農場の土壌侵食対策としてベチバーグラス技術を応用したプロジェクトの進捗に関するピクトリアルレポートが届きました。 本プロジェクトは、2018年度のSATOYAMA保全支援メカニズム(SDM)による助成を受けて実施されています。


 本プロジェクトの詳細は、SDMのウェブサイトよりご確認ください。最新のピクトリアルレポートはこちらよりご覧ください。

7.ケーススタディ紹介:行政院農業委員会林務局(台湾)および国立東華大学(台湾)

 今月は、IPSIメンバーである台湾の行政院農業委員会林務局と国立東華大学(NDHU)の共同によるケーススタディ「Strengthening Taiwan Partnership for the Satoyama Initiative (TPSI), 2018-2020: think global, adapt national, act local」をご紹介します。

 

 本ケーススタディでは、台湾のSATOYAMAイニシアティブにおける活動やネットワークの発展に焦点を当てています。SATOYAMAイニシアティブ台湾パートナーシップ(TPSI)は、2014年にNDHUが提案し、2015年に林務局によって採択されました。TPSIは現在、林務局、NDHU、IPSIメンバー16団体と非IPSIメンバー団体を含む主要なステークホルダーによる献身的な支援により、オープン・マルチステークホルダー・パートナーシップ・ネットワークとして、長年にわたって発展してきました。著者は、「2018-2021台湾生態学ネットワーク(Taiwan Ecological Network :TEN)の交布」は、TPSIの促進において重要な役割を担ったと説明しています。2018-2021 TENは、従来の保護区保全アプローチから、農村部を台湾の自然と都市システムのバランスを回復するためのリンクとして認識するアプローチへと大幅に移行しました。持続可能な農業の推進や農村コミュニティの再生を通じて、SEPLSが生物多様性保全に果たす基本的な役割を強調しています。

 TPSIは、現地での活動、地域会合の開催、ステークホルダーの結集、分断化された生態系の回復、異なる景観要素間の連結性の創出、IPSIの活動への積極的な参加に取り組んでいます。

 本ケーススタディの詳細はこちら(英語)をご覧ください。

ヒマンガナ・グプタ (国営ひたち海浜公園で撮影)

8.元JSPS-UNUポスドクフェロー ヒマンガナ・グプタからのメッセージ

 IPSI事務局に在籍していたヒマンガナ・グプタ博士が、国連大学博士研究員の任期修了に伴い、事務局を辞し、母国インドに帰国しました。同氏よりIPSIメンバーの皆様へのメッセージがございます。

IPSIメンバーの皆様へ。
この2年間、IPSI事務局の一員として働くことができ、とても嬉しかったです。IPSIに提出されたケーススタディを通じて、皆さんの活動に触れることができました。私は、特に世界中の山岳地帯の社会生態学的生産ランドスケープ(SEPL)において、多様な要因や影響に対処するために実施されている様々な対応戦略に興味を持ちました。今はIPSIがいかにユニークなプラットフォームであるかを実感しています。多国間の環境協定では、様々な情報プラットフォームの設立が試みられていますが、IPSIは市民社会や先住民、地域コミュニティと直接関わることが出来る唯一のプラットフォームだと思います。現在、私はインドに戻っていますが、今後も引き続きIPSIの目的や課題に注目していくつもりです。

 過去のニュースレターでも、私の業務や出版物についてご紹介させていただきましたが、私はヒマラヤのSEPLに取組み、この地域のコミュニティと生物多様性、および気候の関連性を探っています。新型コロナウィルス感染症の影響により、多くの現地視察を諦めざるを得ませんでしたが、幸いなことにパンデミックに見舞われる前に1度、ヒマラヤを訪れることが出来ました。また、日本のSEPLSを視察し、人間と自然の調和について多くのことを学びました。私の研究分野であるヒマラヤでは、生物多様性への依存度が高い部族コミュニティがSEPLを管理しています。しかしながら、開発に関する重要な決定を行う際に、地域の利害関係者の関心事や優先事項が考慮されないため、この地域の生態系の機能や、このランドスケープから得られる複数の機能が損なわれています。そのため、野放図で非合理的な建設活動が行われ、さらに極端な現象が激化している現在、人々への自然の直接的な恩恵は損なわれています。その様子は、こちらからご覧いただけます。

 皆さんの中にも、SEPLSで様々な問題に直面しながらも、一貫して保全活動に取り組んできた方が多いのではないでしょうか。生物多様性枠組では、地球上の生態系の少なくとも30%を保全することを目標に掲げています。慈善活動と同じように、変革は家庭から始まります。皆さんの地域レベルでの取組が地球規模での変革と、今後の生物多様性目標達成の基盤となります。そのため、このプラットフォームによって、皆さんが実施した、コミュニティが管理するランドスケープやその他の効果的な地域をベースとする保全手段(OECM)に関する優良事例を普及できたことを嬉しく思います。

SATOYAMAイニシアティブの成功と発展をお祈り申し上げます。様々なプロジェクトに精力的に取組み、このプラットフォームを効率的に運営しているIPSI事務局にも感謝いたします。IPSI事務局の一員としてIPSIに関わることができ、そして自分のアイデアや研究活動に対して、事務局から惜しみない支援をいただき、幸せでした。

ヒマンガナ・グプタ

ブルーノ・レレス (キルギスタン・天山山脈アラ・アルチャ自然公園で撮影)

9.IPSI事務局の新スタッフ: ブルーノ・レレスからのメッセージ

IPSIメンバーの皆様へ。
このような非常に重要な時期に、新たなパートナーシップ・アソシエイトとして、東京を拠点とするIPSI事務局に加わることができ、とても光栄に思っています。数ヵ月前、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)において、国連事務総長が「a code red for humanity(人類にとっての非常事態)」と表現した報告書を発表し、気候変動が収まらなければ、自然と人間に壊滅的な結果をもたらすことを伝えました。同時に、生物多様性は世界的に人類史上類を見ない速度で減少しており、新型コロナウィルス感染症のパンデミックは、私たちの社会・経済・医療システムが一丸となって克服すべき数多くの障害を追加しました。国連大学が最近発表した災害リスク報告書「Interconnected Disaster Risk」は、これらの課題の根本的原因が相互に関連していることを示しています。異常気象や人為的な災害は、過去の影響の上に成り立ち、将来の災害への道を開いてしまいます。しかし、この連鎖を断ち切り、危機を反転させるための解決策は、自然が握っています。

明るい話題としては、世界がこれほど熱心に、食糧システム、環境ガバナンス構造、および生産・消費習慣の改革に取組んでいることはありません。ポスト2020生物多様性枠組交渉や、「国連生態系回復の10年」の開始は、地球のための野心的なアジェンダを設定し、自然と調和した社会を実現する機会となっています。ランドスケープ・シースケープアプローチ、特に皆さんが築き、維持するSEPLSは、社会経済的かつ持続可能な開発のために、私たちが必要とする生物多様性および生態系サービスを保全・回復するための強力なツールです。炭素を回収し、異常気象や人獣共通感染症に対する緩衝材となり、先住民や地域コミュニティが伝統的な知識を保存・共有できるようにする、自然を基盤とした解決策を生み出すことができます。

私はパートナーシップ・アソシエイトとして、SEPLSの効果的な導入と自然保護を支援し、地域から世界に至るまで多様なIPSIパートナーの貢献を連結させ、結集させたいと考えています。国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏は最近、「自然との調和が今後数十年の重要な課題であり、国連の中心的な目標は、食料の生産方法を変革し、水、土地、海洋を管理するための世界的な連携を構築することである」と述べています。政府、市民社会組織、先住民や地域コミュニティ、学界、民間企業、国際機関の強力なパートナーシップとして協力すれば、人と地球にとって、より良い世界を築くことができます。

皆さんと一緒に取り組んでいけることを楽しみにしています。

ブルーノ・レレス

本ニュースレターで配信を希望されるイベント等の情報がございましたら、IPSI事務局までご連絡ください。また、日本語の記事をお送りいただければ日本語版ニュースレターに掲載いたします。皆様からの情報提供をお待ちしております。

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SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)事務局
国際連合大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)

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電話:03-5467-1212(代表)
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*SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)は、日本国環境省の支援により運営されています。