International Satoyama Intiative

SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)は、持続可能な社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(SEPLS)の価値を世界で広く認識してもらうことによって、その保全と再生を促進する取り組みです。

アルゼンチン東北部における「チャクラChacra」の土地利用状況と生物多様性

提出機関: ---
提出日: 03/05/2010
カテゴリー:
  • 凡例:森林
  • 凡例:農地
  • 凡例:陸水
地区: ミシオネス州
国名: アルゼンチン
詳細地図: 詳細地図(Google map)
要旨: アルゼンチン東北部のミシオネス州には、国内で唯一の亜熱帯林が残っており、広大な自然林のほか、多くの植林も存在する。ここには、「チャクラ」と呼ばれる、地域に根ざした、家族所有・経営の持続的な土地利用システムが、生物多様性の維持に重要な役割を果たしている。チャクラは、家や農地を中心として、二次林、植林地や、水辺を含む。

二次林は薪炭林として利用され、また多様な生き物の棲む川や池とつながっている。これらは一般的に、穀物であるマンジョカやその他多くの作物の畑を取り囲み、生き物の多様なモザイク的な環境を形成している。

ミシオネス州のチャクラは、都市と自然保護区の中間に位置しており、両者のバッファーゾーンとして機能している。現在の農産物の流通から一定した現金収入を得ることは非常に難しいが、チャクラの多様な便益を維持するためには、農民が土地を維持し耕作を続けることが必要である。加えて、土地所有者、政府、研究者などが、チャクラが周囲の自然保護区の生物多様性保全と持続可能性の維持に重要であることを認識することが重要である。
キーワード: チャクラ、自然保護区、家族所有、モザイク的環境、バッファーゾーン
著作者について: 戸田 光彦 財団法人自然環境研究センター主席研究員。専門は動物生態学・爬虫両生類学。海外から日本に持ち込まれた外来爬虫類・両生類の生態に関心がある。里地里山の調査と保全、小笠原における外来爬虫類の対策と自然再生などの業務を担当。

青山 銀三 1951年愛知県生まれ。三重大学農学部卒業後、環境庁に勤務。白山国立公園、西表国立公園等の自然保護官(レンジャー)、国立環境研究所研究企画官、インドネシア派遣JICA専門家、中部地方環境事務所長などを経て、2007年環境省退職後、財団法人自然環境研究センターに勤務。上級研究員。サンゴ礁保全、生物多様性保全分野の国際協力、SATOYAMAイニシアティブ検討業務などを担当。
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中米から南米大陸にかけてのラテンアメリカは南北に細長く、熱帯から寒帯までの幅広い気候帯が存在する。中南米のなかでも南部に位置するアルゼンチンは、肉牛、コムギ、トウモロコシなどを産する一大農業国であり、農地を中心とした二次的な自然環境を多く有する。一方で、4つの世界自然遺産地域を有し、亜熱帯林から氷河地に至る、さまざまな自然環境も存在する。本報告では、アルゼンチンを代表する自然地域であるイグアス国立公園の周辺の亜熱帯地域を事例として、家族が所有する土地において持続可能な自然資源管理がなされ、その結果として高い生物多様性が維持されている状況について報告する。

1.調査の概要

(1)アルゼンチンの自然環境

国土の面積は278万平方キロメートル(中南米第2位、世界第8位)、南北の長さは3,800kmに及び、亜熱帯から寒帯までの気候帯を有する。農業国であり、肉牛やコムギ、トウモロコシ、ダイズなどが主な産物である。人口は北部に多く南部に少ない。農地として開発されたところが多く、国土全体の森林率は約10%に過ぎない。

(2)ミシオネス州の自然環境

ミシオネス州は、アルゼンチン東北部に半島状に突き出した州である。東側をブラジルに、西側をパラグアイに接しており、面積約3万平方キロメートルである。亜熱帯に属しており、州の北部を中心として、アルゼンチン国内で唯一の亜熱帯林(パラナ密林)が残っている。森林率は約70%と他の州よりも高く、大規模な自然林の他、植林地も広くみられる。ミシオネス州北部では、マテ茶の原料であるマテチャノキYerba Mate: Ilex paguariensisの栽培が盛んである。

州の約三分の一が自然保護区に指定されている。北端には世界自然遺産に登録されているイグアスの滝があり、滝の周囲一帯がイグアス国立公園に指定されている。

(3)調査方法

調査は2009年11月18日から25日にかけて、ミシオネス州を中心に、アルゼンチンの首都であるブエノスアイレス、及びブラジル・パラナ州において実施された。アルゼンチン共和国政府、アルゼンチン自然史博物館、ミシオネス州政府、アンドレシード市、及び日本国際協力事業団(JICA)アルゼンチン事務所の関係者に対してヒアリングを実施した。野外調査として、ミシオネス州アンドレシード市カブレイ(Cabure-i)地区のモザイク状の農地において、地主や国立公園関係者等に、耕作方法や土地利用の歴史、課題などをヒアリングした。また、気候的、地形的にはアンドレシード市と類似しながら、森林がほとんどなく土地利用の状況が大きく異なるブラジル・パラナ州の現状も視察した。調査は財団法人自然環境研究センターの青山銀三、戸田光彦により実施された。

2.調査結果

(1)チャクラとは何か?

チャクラChacraとは、アルゼンチンに見られる、農地を中心としたモザイク状の土地利用形態を指す言葉である。基本的には1家族が管理する一連の土地であり、家と農地を中心として、二次林、植林地、水辺などが含まれている。チャクラの語は狭義には農地を指すが、大規模な農地ではなく、二次林等がモザイク状に混在したものを示す。

写真1. アンドレシード市カブレイ地区のチャクラの景観 (自然環境研究センター)

(2)チャクラの現状と成立の歴史

アルゼンチンとブラジル、パラグアイの3国が接する地域は、1900年頃まではパラナ密林と呼ばれる広大な原生林であった。しかし、その後の大規模な農場開発によって原生林は失われ、現在はアルゼンチン・ミシオネス州を中心に約6万ヘクタールが残るのみである(イグアス国立公園ビジターセンターの展示解説から)。

ミシオネス州アンドレシード市の歴史は新しく、1980年に成立した。アンドレシード市のチャクラは、市が成立する前の1960年代に開発された。それまで原生林に覆われていたところを切り開き、農業と二次林に転換した。政治的な背景として、ブラジル及びパラグアイからの違法な移民を防ぐために、アルゼンチン連邦政府がミシオネス州北部への植民を進めてきた。家族を単位として移民に土地を提供して定住させ、その土地の管理と監視を促したという(以上、アンドレシード市長からの聞き取りによる)。

(3)チャクラにおける持続的な土地利用とそれを支える仕組み

1)チャクラの構造と構成要素

1家族が1箇所のチャクラを維持管理する。ミシオネス州の標準として、チャクラは1辺が250mの正方形に近い形をしており、約6ヘクタールの面積を持ち、その中に二次林、農地、家などが含まれている。アンドレシード市のチャクラは他地域のそれよりかなり広く、1家族分が15ヘクタール程度ある。

チャクラにおける土地利用の一例として、今回の調査対象となったアンドレシード市カブレイ地区のものについて説明する。全体の面積はアンドレシード市の平均値と同じく15ヘクタールで、家を中心として畑が広がり、その周囲は二次林に囲まれている。チャクラの北端には小川と池がある。この畑ではマンジョカ Manihot esculenta(=キャッサバ)が多く作られている。マンジョカはサバナ気候下で多く栽培され、アルゼンチンにおいては主要な作物ではないが、亜熱帯であるアンドレシード市では普通に見られる。苗を植えてから2ヶ月で収穫できる。このチャクラでは2品種(白マンジョカと黒マンジョカ)が栽培されている。この他にカンキツ類、イチゴ、レタス、トマト、タマネギなど多品目のものが栽培されている。

畑を取り巻く二次林はあまり利用されていないが、薪炭林として利用することがある。また、チャクラの北端にある池は現在活用されていないが、今後、コイやティラピア、パクー Piaractus mesopotamicus(カラシン科の淡水魚)などの養殖を構想している

図1. 取材したチャクラの見取り図(上)と断面図(下) (自然環境研究センター)

写真2. 取材したチャクラの中心にある家 (自然環境研究センター)

写真3. マンジョカとスイカの混植 (自然環境研究センター)

2)チャクラを維持する労働力

この15ヘクタールのチャクラ全体を、女性である土地所有者がひとりで管理している。アンドレシード市の住民に賃金を払って作業を頼むこともある。他のチャクラでも、家族または少数の雇われた人が作業してそれぞれのチャクラを維持管理している。

写真4. 土地所有者(左端)への聞き取り調査の状況 (自然環境研究センター)

3)チャクラの生物多様性

多様な環境がモザイク状に混在するチャクラでは、原生林ほどではないものの、高い生物多様性が維持されている。農地と二次林の境界部は林縁となり、チョウ類やトカゲ類にとって良好な生息環境を提供している。二次林は樹高15m程度までのものであるが(ただし樹種としては最大樹高40mにも達する種が含まれる)、高木層、低木層、草本層といった階層構造が認められ、多様な生息環境を提供している。多くのチャクラには小川や池といった水辺が含まれ、カエル類や淡水性のカメ類などの重要な生息地になっている。

ミシオネス州の生物に詳しいイグアス国立公園のコーディネーターによれば、アンドレシード市カブレイ地区のチャクラに見られる主な生物は表1のとおりであ(全ての動植物が今回の現地調査時に目撃されたわけではない)。

表1. アンドレシード市のチャクラで見られる主な生物

種群 Example of common species Common name in Spanish
木本植物 Enterolobium contortisiliquum

Cecropia adenopus

Patagonula americana

Timbo

Guayubira

哺乳類 Cerdocyon thous

Procyon cancrivorus

Felis wiedii

Zorro de monte

Aguara Pope

Gato tirica

鳥類 Coragyps atratus

Glaucidium brasilianum

Pitangus sulphuratus

Jote de Cabeza negra

Cabure

Pitogue

爬虫類・両生類 Bothrops neuwiedii

Tupinambis teguixin

Bufo paracnemis

Yarara chica

Teyu

Sapo cururu

チョウ類 Morpho achillaens

Phoebis cipris

Phoebis philea

写真5. チャクラで確認された生物の一例(タテハチョウ科のシロガネタテハの一種:Dynamae sp.)  (自然環境研究センター)

(4)課題と新たな取組

1)大企業による買収とモザイク状の土地利用の喪失

国境を接したブラジル・パラナ州ではきわめて大規模なダイズ農園が広がり、集約的かつ単一作物の農地が広がっている。アンドレシード市でも、大企業による土地の買収とマテチャノキ等の単一作物の栽培が始まっており、今後、モザイク状の土地利用であるチャクラが急速に失われることが懸念されている。アルゼンチン国内の企業に加え、海外企業による買収も始まっている。企業による買収を阻止するためには、チャクラからの生産によって土地所有者が十分な収入を得られることが重要である。

2)チャクラの住民の経済的な自活

アンドレシード市では、1家族に対してミシオネス州の平均よりもずっと広い面積のチャクラが割り当てられており、多くの生産物が得られる基盤がある。かつてはイグアス国立公園や周辺の自然保護区内での違法伐採等がなされていた。JICA及びスペイン国際協力事業団(aecid)によるプロジェクトがそれぞれ実施されてきた。これらのプロジェクトの目的は、保護区の外側をバッファとして捉え、そこの住民の生活向上を図り、それを通して違法伐採をなくし、保護区と周辺住民の良好で持続的な関係を作り出すことである。

住民の経済的な自活のためには、チャクラから得られる産物の販路開拓が最大の課題である。カブレイ地区では組合を作り、近隣の観光地であるイグアス地域を対象に、葉野菜やマンジョカの加工品などを安定供給している。また、アルゼンチン連邦政府が予算を付けて、国のレンジャーが農業に関する調整役となった。一軒ごとの農家ではできないことを、組合方式でできるようにした。

長距離輸送に向かない葉野菜やマンジョカの栽培と加工を行って付加価値のある農産品を生産し、多くの人が訪れる消費地イグアスにそれらを出荷し、コンスタントな流通を図る取組がある。農業技術者を呼んで農家の研修をしたり、流通の仕方、食品加工の仕方などを教えた。

3)チャクラの今後の維持に向けて

ミシオネス州のチャクラは都市域と自然保護区の中間に位置しており、両者のバッファゾーンとして機能している。また、農業を維持しながら地域の生物多様性を保つ意味でも、持続的かつ合理的な土地利用であると言える。一方で、この地域は比較的平坦で温暖、湿潤であり、農地として適している。隣接したブラジル・パラナ州では既に多くの森林が失われ、広大なダイズの畑になっている。今回のヒアリングにおいても、近い将来、ミシオネス州のチャクラは急速に失われるであろうとの予測をする研究者がいた。

チャクラの景観を維持するためには、農民がそこに留まり、耕作を通して土地の管理を続けることが必要である。そのために、農産物のコンスタントな流通とそれによって得られる現金収入は最も重要である。加えて、チャクラは周囲の自然保護区と並んで生物多様性保全上、また景観形成上重要であることを認識して、地主を中心に、政府、研究者など、それぞれのセクターが連携してこういう景観を残し、将来に伝えるための取組が生じることが望まれる。

日本の里地里山は、高度経済成長期に大幅に変質して現在に至っている。地球の裏側に位置するアルゼンチンの里山チャクラも、その将来は決して安泰ではない。世界的に見ると、劣化の危機にある二次的自然環境は多数あると思われ、その景観維持のための方策は汎用性が高いものと考えられる。持続可能な社会の維持と生物多様性の保全に向けて、具体的な方策の立案とその実施・評価が強く望まれている。

調査について

本調査は環境省委託事業の一環として、(財)自然環境研究センターの戸田光彦および青山銀三により実施された。現地調査は2009年11月18日から25日にかけて、ミシオネス州を中心に、首都ブエノスアイレス、ブラジル・パラナ州などで実施した。連邦政府、州政府、市役所、博物館関係者などにヒアリングを行った。また、持続的な農業とその農地(チャクラchacra)に成立する生物多様性の現状についての現地調査を実施した。

Reference

Lorena Lopes and Hugo Camara, 2007. Paths through Misiones Jungle. Ministry of ecology, renewable natural resources and tourism, Government of the province of Misiones.