International Satoyama Intiative

SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)は、持続可能な社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(SEPLS)の価値を世界で広く認識してもらうことによって、その保全と再生を促進する取り組みです。

フィリピン・ルソン島北部イフガオ州におけるムヨン(muyong)の利用と管理

提出機関: ---
提出日: 03/05/2010
カテゴリー:
  • 凡例:森林
  • 凡例:草地
  • 凡例:農地
地区: ルソン島北部イフガオ州
国名: フィリピン
詳細地図: 詳細地図(Google map)
要旨: ---
キーワード: ムヨン、水田耕作、焼畑
著作者について: 松島 昇 専門は社会経済学。様々な途上国の人間活動と自然資源管理の望ましい関係について、幅広く関心がある。1989年以降、東南アジア、中国、中近東、アフリカ、南米そして太平洋諸島などの農村地域において数多くのフィールド調査経験があり、有用な提言をしている。

東條 泰大 財団法人自然環境研究センター主任研究員。専門は、法学・政治学。2001年より現職。自然環境研究センターでは、生物多様性国家戦略関連業務などを担当。
関連リンク: Protected Landscapes and Agrobiodiversity Values. Vol. 1. pp. 71-93

FAO Corporate Document Repository

20世紀初頭のフィリピンは国土面積の約70%が森林におおわれていたと推定されているが、現在の森林率は20%以下にまで落ち込んでいる。そのような中、北部ルソンのコルディレラ山脈地域には、古くから棚田を営む、山地少数民族イフガオ族の生活圏域があって、森林が比較的よい状態で残っている。 イフガオの山岳農耕民の暮らしは、棚田での水稲耕作、焼畑耕作、そして、ムヨン( muyong)と呼ばれる私有二次林での多様な資源の利用と管理からなる複合的土地利用によって支えられている。急峻なV字型渓谷の斜面に幾重にも作られた棚田の壮大な景観は1995年に世界遺産に登録され、イフガオにおける棚田観光の中心地となっている。

地域の概況

棚田観光で知られるイフガオ州は、首都マニラから北に約380キロメートルのところに位置し、コルディレラ山脈の東斜面とその裾野に位置している。調査を実施したのは、棚田観光の中心であるバナウエ(人口20,563人、世帯数3952)と、イフガオでも最も古い町であるキアンガン(人口14,099人、世帯数2692)に位置する計6つのバランガイ (行政村)(バナウエでは、ポイタン、イバヨン、バガアン、ゴハン、ビューポイントの5ヵ村、キアンガンでは、ピンドンガンの1ヵ村)である。

イフガオの農村景観

イフガオの農村景観は、共有林( inalah)、私有林( muyong)、タマネギや白菜などの野菜生産のための畑、豆類・サトウキビ・サツマイモなどの生産用の焼畑( uma)、水田/棚田( payo)、共有地であるチガヤ (Imperata cylindrica)の草地( magulun)、集落( bolele)などからなる。谷底から山肌の上部にかけて棚田が築かれ、そのあいだや丘陵地上部付近にムヨンや焼畑がモザイク状に分布している。

ポイタン村では、共有林は標高1200メートルから2000メートルの山頂までを覆っている。この地域の棚田の約9割が灌漑水田である(The Pilot Study Team for JBIC,2000)ため、山頂付近の共有林は、水源林として重要な役割を果たす。一方、 muyongは、標高800メートルから1200メートルの間に、棚田や散在する集落とともにモザイク状に分布している(葉山 2003: 83)。また、バガアン村は、山に囲まれ小河川が流下するすり鉢状の谷に立地しており、谷の下部には棚田が、上部にはムヨンなどの森林が分布している(写真1,2)。それらの中間部には棚田に水を供給する水路が設けられ、畑・焼畑、人家等が散在している。人家の周辺には果樹などの有用樹種が植栽されている場合もある(図2)。降水量が3000mmを超えるこの地域では、棚田の広がる斜面や丘陵地の頂部付近にムヨンがモザイク状に分布することによって、畦畔を破壊しかねない地表流水の流入、水稲耕作に悪影響を及ぼす水田への土砂の流入・堆積が緩和されていると考えられている(Serrano and Cadaweng 2005:104;葉山 2003: 83)。

写真1 バガアン集落の全景

写真2 バガアン集落の棚田とムヨン

図2 バガアン村における複合的土地利用の概略

a) 水田

水田では、寒さに強く高地での栽培に適した品種、 tinawonを中心として、多様な品種が栽培されているが、冷涼な気候のため二期作はできないため、住民は山間地域の急傾斜地の森林の一部を伐採し、焼畑を造成し、端境期の食生活を支えるサツマイモを栽培している。また、水田の一部は一時的に、畑として区画され、タロイモやタマネギなどが栽培されている。稲の茎や葉を棚田の一角に積み重ね、発酵・腐熟させて、小規模の野菜栽培などに堆肥として利用する。このような稲を利用した堆肥のことを、イナゴ( inago)と呼ぶ(写真3)。

写真3 棚田の隅で栽培される野菜

表1(聞き取りにより作成)に示されるように、水田は様々な野生動植物が採取される場所でもある。例えば、食用に利用される貝や魚が捕獲され、棚田畦畔に生える雑草は緑肥として利用される。特に、アゾラ ( azolla fern)は、タマネギや白菜などの野菜を栽培するときのマウンド材料として利用されている(写真4)。

表1 水田とその周辺で採取される野生動植物・半栽培植物

地方名 野生動植物資源の種類 用途・利用方法
Golden cuhol, Acojon 巻貝の一種 煮て食べる
Aggudong 巻貝の一種 煮て中身を食べる
Million fish 食用
Ginga 巻貝の一種 煮て中身を食べる
Baticol 巻貝の一種 食用
Olippo 巻貝の一種 食用
Yuyu 食用
Pilak 巻貝の一種 煮て中身を取り出して豚の餌にする
Tuyong オタマジャクシ 食用
Luklukab 昆虫 食用
Seguidillas 野菜 食用、豆を炒ってコーヒーの代用に利用。豆を煮て食べる
Alzola 草本 水田に繁殖させて放置し、肥料。野菜栽培のときにマウンドにして緑肥として利用
Tikkam 二枚貝の一種 食用
Gabi 野菜 食用
Appako シダ 食用
Dongla 草本 装飾用
Water criese 草本 食用

(出所) フィールド調査およびNozawa et al. 2008.

写真4 棚田畦畔に生える雑草は刈り取られ、緑肥として利用

b) 私有林( muyong

森林は、燃材、建材、民具用材、食用や薬用に利用される多様な林産物、果樹などの換金作物を採取・収穫する場として利用されている。なお、ムヨンと焼畑は空間的に固定されたものではなく、ムヨンが新たに伐採されて焼畑になったり、焼畑が長期間放棄されムヨンになったりする。

ムヨンの利用と管理

a) ムヨンにおいて利用されている生物資源

ムヨンで採取・収穫されている有用植物のリストを付表に掲げた。住民は、ムヨンで日常的に薪を採取しているほか、ドリアン、リュウガン、マンゴなど食用に利用される果樹の実や、葉や茎や根が食糧や薬に利用される植物、ラタン( Calamus manilensisなど)、竹、マホガニー( Swietenia mahagoni)やインドシタン( Pterocarpus indicus)など、家屋の建設や家具の制作に用いられる建材・用材を採取している。また、嗜好料用、薬用、儀礼用に、多目的に利用されるビンロウジ( Areca catechu)やキンマ( Piper spp.)も頻繁に採取されている。これらの有用樹種の多くは、ムヨンに移植され、保育された半栽培植物である。

また一部の村びとは、政府の観光振興策のもとでバナウエの観光化が急速に進む中で需要が増してきた木彫り細工の原料(木彫り用材)として、タイワンハンノキ( Alnus formosana)、 bahog (学名不明)、 bangtinon (学名不明)を採取している。

また、イフガオ族のサブグループであるハプワン(Hapuwan)の人びとは、稲にダメージを与える害虫を防除するための伝統的な防虫剤として約20種類の香草をムヨンから採取している(Serrano and Cadaweng 2005: 106)。

このように、ムヨンで採取される植物資源の多くは自給目的で利用されているものだが、建築用材や木彫り用材として重要のあるカシアマツ( Pinus kesiya var. langbianensis)やインドシタンは余剰が販売されることもある。また、換金作物として、コーヒー、レモングラス( Cymbopogon citratus)、柑橘類(citras)を植栽している世帯もある。

表2 ムヨンの有用植物

用途 科の数 主要な科 利用部位
食用 36 Myrtaceae, Palmae 実、葉、茎、芽、花、幹、つぼみ、種
燃材用 43 Moraceae, Euphorbiaceae 幹、枝、竹の稈
建材用 36 Euphorbiaceae 幹、枝、竹の稈
薬用(人) 28 Asteraceae 葉、樹液、幹、樹皮、実、花
薬用(家畜) 12 Musaceae 葉、実、種子、樹液
木工用 5 Meliaceae 枝、幹

(出所) Rondolo 2001.

b) ムヨンの造成

ムヨンには丘陵地の登頂部付近や急峻な斜面など、棚田耕作に適していない場所の森が切り開かれないで残され、有用植物の採取の場所として長期にわたって利用されてきたものと、焼畑放棄後に天然更新や植林によって造成されたものがある。

焼畑後のムヨンの造成には、次の3つの方法がある(ゴハン村における聞き取りによる)。

1.自生する樹種が点在する土地において除草し、自生樹種の更新を促す。また鳥の糞によって運ばれた果樹の種子を発芽させる。適宜除草を繰り返し森林の再生を早める。

2.土地全体を除草・整地するのではなく、自生した樹種(Anablonなど)の周囲だけ、除草・整地し、森林の再生を促す。

3.焼畑放棄後に積極的に、松やインドシタンなどの樹木を植林することによりムヨンを造成する。1970年代半ば以降、主にこの方法がとられ、建築用材や木彫り用材として需要があり、商業価値を持つ早生樹種であるキダチヨウラク ( Gmelina arborea、カシアマツ、そして、インドシタンなどの苗が、環境天然資源省(DENR)や欧州連合のプロジェクトで提供され、植林が広範に行われてきた(写真6)。

写真6 植栽されたマツ(Pinus sp.)

c) ムヨンの維持管理

ムヨンには私的な保有が認められており、間伐、枝打ち、下刈などの維持管理が行われている。薪炭用の木材を伐採する際、枯死しつつある木、幹や枝が曲がっている木、生育が止まっている木を優先的に利用したり、天然更新を促すために、伐採した後は、半径1mぐらいの円状に伐採地の下刈をおこなうなどの工夫が見られる。

また、建材用などに樹木を伐採する場合、伐採後に散在した枝葉を一カ所に集め、周辺の下刈を行う。そうすることで、伐採木の周りの稚樹の成長が促され、より早期に植生が回復するという。その他にも、伐採木の代替として新たに樹木を植えることもある(Serrano and Cadaweng 2005: 109)。

建材や木彫り材の採取など樹木の伐採を伴うときには保有者の了承を得る必要があるが、薪や果樹の採取など軽度の利用は保有者の了承を要さず、親族や、場合によっては周辺住民にも開かれている。なお、ムヨンのほか棚田も私有地とみなされおり、他方で、共有林と焼畑地は共有地とみなされている。

d) ムヨンの利用をめぐる紛争の解決方法

ムヨンの利用をめぐる紛争として、兄弟姉妹のムヨンが隣接している場合に、境界線を間違えて、木材伐採をしてしまうなどがある。このような紛争は、ルプン( lupun)と呼ばれるバランガイ(村落)の評議会を通じて解決される。3年ごとの選挙によって選出される村長と7名の評議員、村長によって任命される書記と収入役からなるルプンは、紛争当事者(違法伐採者と保有者など)の主張を聞いたのちに、協議を行い、裁定を下す。

調査について

本調査は、環境省委託事業の一環として、(財)自然環境研究センター、松島昇、東條泰大により、既往文献のレビューおよび、現地調査により実施された。

現地調査は、2008年12月4日から11日かけて、フィリピン・ルソン島北部イフガオ州の2つの町バナウエとキアンガンで実施された。バナウエでは、ポイタン、イバヨン、バガアン、ゴハン、ビューポイントの5ヵ村、キアンガンでは、ピンドンガンの1ヵ村において、村びとにムヨンで採取される生物資源および、利用・管理形態などについて聞き取りを行った。

References

Butic, M. and Ngidlo, R. 2003. Muyong Forest of Ifugao: Assisted Natural Regeneration in Traditional Forest Management. In Dugan, P., Durst, P., Ganz, D. and McKenzie, P. J. (eds.) Advancing Assisted Natural Regeneration (ANR) in Asia and the Pacific. Regional Office for Asia and the Pacific, FAO., 23-27.

Hayama, Atsuko. 2003. Relationship between forest and people in Ifugao rice terraces. In Inoue, M. ed., Deforestation and forest conservation in Asia, Chuohoki Publishers.

Nozawa, C., Malingan, M., Plantilla, A., and Ong, J. 2008. Evolving culture, evolving landscapes: The Philippine rice terraces. In Amend T., Brown J., Kothari A., Phillips A. and Stolton S. (eds.) Protected Landscapes and Agrobiodiversity Values. Volume 1 in the series, Protected Landscapes and Seascapes, IUCN & GTZ. Kasparek Verlag, Heidelberg., 71-93.

Rondolo, M.T. 2001. Fellowship Report. Toropical Forest Update. 11(4), 22-23.

Save the Ifugao Terraces Movement (SITMo). 2008. IMPACT: The Effects of Tourism on Culture and the Environment in Asia and the Pacific: Sustainable Tourism and the Preservation of the World Heritage Site of the Ifugao Rice Terraces, Philippines, UNESCO., p. 90.

Serrano, R.C. and Cadaweng, E. A. 2005. The Ifugao Muyong: Sustaining Water, Culture and Life. In Durst, P. B., Brown,C., Tacio, H. D., and  and Ishikawa, M. (eds.). Search of Excellence: Exemplary forest management in Asia and the Pacific. Regional Community Forestry Training Center for Asia and the Pacific, FAO, pp. 103-112.

The Pilot Study Team for JBIC. 2000. JBIC Pilot Study on Rural Revitalization Project for the Conservation of the Ifugao Rice Terraces (World Heritage Site), Philippines. Interium Report Ⅱ. Japan Bank for International Cooperation (JBIC).