International Satoyama Intiative

SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)は、持続可能な社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(SEPLS)の価値を世界で広く認識してもらうことによって、その保全と再生を促進する取り組みです。

マラウイにおける小流域保全

提出機関: 国連大学高等研究所
提出日: 24/05/2010
カテゴリー:
  • 凡例:森林
  • 凡例:農地
  • 凡例:陸水
地区: チンドズワ村
国名: マラウイ
詳細地図: 詳細地図(Google map)
要旨: チンドズワ村では、昔から降雨を願い、森林の戦略的な管理が行われてきた。また、漁撈に関する儀礼では多様な植物が必要とされ、他の儀礼でも陸域と水域の生物多様性のバランスを保った保全が必要であるなど、環境に対する配慮が必要とされてきた。村人たちは陸域と水域の環境を、地形や生き物の生態に関する詳細な知識にもとづいて利用している。土地利用には、焼畑とその休閑地、草地、宅地の4種類があり、彼らはそこからさまざまな資材を得ながら生計を立てている。また水域については、村人たちは湖の多様な魚類を、外見や生態、成長段階に応じて分類しており、つり針や網を利用してとっている。

陸域と水域の多様な生物相は村人たちの生計維持にとって不可欠なだけではなく、彼らの福利に関する概念の根幹をなしている。両方の生態系から得られる多種多様な食べ物が、人々の健康や豊かさ、社会的幸福のあらわれととらえられており、身近な小流域を統合的に管理しつづけるインセンティブを与えている。こうした中、近年の森林後退を懸念した漁撈者が中心となって、さかんな植林活動等の取組が展開されている。1988年に世帯ベースで開始されたこの活動は、2009年には住民組織CHIMO (Chindozwa Home-based Initiative)へと統合され、近隣の村や政府機関、ローカルNGO/NPOへと急速に広がりつつある。
キーワード: 流域管理、住民組織、福利
著作者について: 中山 節子 京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。アジア・アフリカ地域研究研究科に所属後、本調査実施時には宇都宮大学国際学部講師。2010年6月より金沢大学地域連携推進センター特任助教。陸域-水域の関係に関する地域住民の認識や、能登半島の里山里海の資源利用に関する比較研究を実施予定。
金沢大学「能登里山マイスター」養成プログラム
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マラウイ湖はアフリカ大陸で三番目に大きな湖であり、世界でもっとも多くの固有種を含む魚種を抱える生物多様性保全のホットスポットである。急速な進化を遂げたシクリッド種(カワスズメ科)は1000種におよぶという。

なかでも岩場に棲息する「ムブナ」というグループについては熱帯魚マニアに珍重されている(図1)。こうした事情から、住民による食糧や現金収入を目的とした漁撈や、森林伐採や耕作にともなう土壌流出による棲息環境の変化が、多様な魚類へおよぼしうる影響が心配されてきた(Rusuwaら、 2006)。

本論では湖岸のエコトーンにおける漁民/農民による小流域管理の事例を紹介する。住民は、陸域と水域をつなぐ信仰に基づいて、両者の利用のバランスを求めてきたのである。

図1 岩場に棲息するムブナ。観賞魚として名高いが、湖底の堆積に脆弱である。(写真・中山節子)

1. 調査地概要

チンドズワ(11 35 – 11 36 and E 34 16 – 34 18)はンカタ・ベイの町の近くにある、マラウイ湖に面した人口1000人程の村である(2009年推計)。住民のほぼすべてが湖辺トンガ語を話す。村の領域はカンピンビの山頂(標高725m)から湖面(470m)へ至る長さ2キロほどの尾根とその両脇をながれる小川からなる。山頂付近の植生は Brachystegia spiciformisErythrophloeum spp.が優占する半常緑林である(図2)。近くにあるカルウェ森林保護区はミオンボ林をしめす。土壌タイプはX3r5/X4r5(ラテライト)である(Kalindekafeら、 2000)。また、Geoffrey Fryer’sによる先駆的なムブナ研究の拠点となったンカタ・ベイ水産事務所(Fryer、1959)などがある。年平均気温は23.3度、平均降水量は1712mm(ンカタ・ベイ、1996-2005年)であり、11月から翌4月に集中して降る。5月から7月にかけては冷涼な乾季、8月から10月までは暑い乾季である。地域の経済はキャッサバ( Manihot esculenta)耕作と漁撈、ンカタ・ベイにおける雇用、そして出稼ぎ労働の仕送りなどに依存する。

図2 カンピンビの山頂から望むチンドズワ村とンカタ・ベイ(写真・中山節子)

2.地域における陸域・水域資源の利用

チンドズワの村人たちは陸域と水域の環境を、地形や対象生物の生態に関する詳細な知識にもとづいて利用する。土地利用には焼畑とその休閑地、草地や宅地の4つのパターンがあり、植生としてはキャッサバが優占する畑地、灌木、草地、中木林、高木林などがみられる(Kalindekafeら、2000)。

チンドズワ村と近隣の地域には、これらの土地利用と植生が地形に沿って展開する共通のパターンがみられる(図3)。すなわち、森林や灌木は山頂部と河岸、湖岸、また墓地などの信仰に大切な場所に残されている。家々は尾根に連なり、マンゴ、パパイヤ、バナナなどの果樹に取り囲まれている。尾根の中頃には、大きく開けている場所があり、村の中心地として、会合場所として使用されるほか、学校、教会等が建っている。斜面にはキャッサバ畑と回復度の異なる休閑地がパッチワーク状に拡がっている。湖岸は岩場と砂場、河口の湿地が交互にみられ、とくに岩場では陸棚がほとんどみられない。底質には砂、岩および軟泥などがみられ、また湖には湖岸に平行な湖流が認識されている。砂浜は漁撈者がくり舟を揚げたり網を繕ったりする漁の拠点に用いられる(図4)。湖岸はゆるく女性・男性・子供の領域に分けられ入浴や洗濯に用いられる。男性の浜にはしばしば網小屋が建てられ男性たちの集会所となる。草地は湖岸や休閑地にみられ、ヤギの放牧などに使われる。

図3 地形と土地利用の概念図(図作成・中山節子)

図4 ウシパ漁に用いる網を編んでいる様子。カヌーが後方に引き揚げられている(写真・中山節子)

村人たちは上述の景観からさまざまな資材を得ながら生計を立てている。主食作物であるキャッサバは斜面の焼畑移動耕作から得られる(図5)。畑の開墾時にはあえて切り株を残し、数年の耕作の後5年間の休閑をとる。休閑地には毎年火入れを行うことにより、屋根材のカヤの生育を促す(図6)。切り株から一斉に再生する傍芽は大きさや形がそろいやすく、好んで薪や建材として用いられる。床材やくり舟用の材などをより大きく育てるために長く休閑をとる畑もある。森林や休閑地からはまた、治療や儀礼に用いられるさまざまな伝統薬などの多様な植物が得られる(図7)。土壌、湖岸の砂や、河岸の粘土は建材としても用いられる。

チンドズワ村の様々な土地利用からは、46種の樹木が同定されている。一方近隣のカルウェ自然保護区では33種である(Kalindekafeら、2000)。

図5 湖に面した斜面におけるキャッサバ用のマウンドの整形。ラテライトから砂へと土壌が移行している様子がわかる(写真・中山節子)

図6 屋根材用の草が乾季に収穫される(写真・中山節子)

図7 道路わきにおける伝統薬の販売(写真・中山節子)

村人たちはつり針や網を利用したさまざまな漁法を駆使して湖の魚をとる。彼らは多様な魚類を外見、生態や成長段階に応じて分類する。ムブナとよばれるグループは岸よりの岩場に、ムタカ(ウタカとして知られるカワスズメ科のグループ)は湖底の岩礁の隆起に関連づけられる。唯一沖合を回遊するウシパ(コイ科の Engraulicypris sardella )はどの魚とも異なる独立のカテゴリーであるとされる。村人たちは湖底の地形や湖流、魚の行動だけでなく、漁撈への耐性を考慮して漁法や漁撈組織を選択する。ムブナが定住的で岩に付着する藻を食べているため、湖底の堆積や乱獲に弱いことを彼らは知っており、ムブナ漁は少年たちの自家消費用の漁にとどまっている(図8)。ムタカ漁では、岩礁の漁場を漁獲後の回復のはやさから二分し、それに応じた漁獲努力の配分を行っている。漁への耐性がもっとも強いと考えられるウシパが、この地域の主要な商業魚種であり、灯火を用いた夜間の集団漁によって獲られる(図9)。

人口増加は村のランドスケープの変化の主要因になっている。出稼ぎから戻ってきた労働者の受け入れや、ンカタ・ベイ水産事務所の研究・普及(Chirwa、1984; Nakayama、2008)、農業政策の変化、キャッサバの虫害(Kalindekafeら、2000)が、以下に示す変化に影響を及ぼしてきた。

図8 少年らによって獲られるムタカ(上の2尾)とミミズを餌に獲られたムブナ(下の2尾)(写真・中山節子)

(写真・中山節子)

3.生態学的知識における「伝統」と「近代」の再検討

資源の利用者である地域住民と科学者との関わりの歴史を紐解いてみると、生態学的知識における「在来―伝統」と「科学―現代」の関係について、新たな見方が可能になる。

当地における多様な魚類の科学的な研究は、科学者たちと湖岸の住民たちのかかわりにより産まれたものである。湖の魚のほとんどが固有魚種であるため、この地を訪れた科学者たちは分類学や生態学研究の手懸りとして、住民たちに魚や湖沼環境のことを教わりながら学んでいったのである。今も「ムブナ」(トンガ語ンカタ・ベイ周辺のみ)「ウタカ(トンガ語の「ムタカ」にほぼ対応する)」(チェワ語)といった湖岸住民による分類が科以下属以上の中間的分類をしめす用語として定着しているのは、この影響である。湖岸住民による分類の基本的な構造は、科学的な分類と概ね一致している(ジャクソンら、1963)。さらに住民達は科学者たちとほぼ同程度の精度をもって魚類を認識していることがわかっている(アンバリら、2001)。しかし湖岸住民の科学研究に対する貢献は草分的な科学者たちによって、広く認識されているものの (Jacksonら1963;Fryer 1959, 1999など)、その後の科学的知識生産の過程における引用・参照関係には、住民の名が入る余地はなく、彼らの貢献は次第に忘れ去られてしまったのである。さらに、魚類研究とともに勃興したムブナの観賞魚としての輸出の恩恵に住民達があずかることはほとんどない(嘉田ら、2002)。住民たちと、科学者たちの交流を再び活発化し、前者にその利益が還元されるしくみをつくるために、チンドズワ村を含むンカタ・ベイ周辺の住民たちと近隣のムズズ大学が共同して湖岸に研究施設を立ち上げようと模索している。

4.生態系サービスの最適化のための計画

チンドズワ村をはじめとする湖岸の住民たちは、長きにわたり、陸域と水域の資源利用の関係を意識し両者のバランスをもとめてきた。流域的なまとまりを生産と社会の単位とする彼らの環境認識はさまざまな儀礼を通じて表現される。その大意は、陸と湖をつなぐのは雨であり、その雨をよぶのは木々である、そして雨が川となり湖に流れてはじめて魚たちが戻ってくるというものである。儀礼の遂行自体が、村内の多様な微小環境の保全を前提するものであった。山頂の木々はおおいなる霊にもっとも近いとされ、そのため伐採を戒められていた。また、山頂から湖への流路にも木々を残さなければないとされた。漁撈の成功を祈る儀礼では、村内の多様な植生のそれぞれから、場所を特定しつつ植物を調達する必要があった。このように、村人たちは信仰を通じて陸域と水域を雨でつなぐイメージを共有し、ゆたかな植生と魚類相の恩恵にあずかるために、儀礼を通じて相互をモニターしつづけていたのである。

それでもなお、チンドズワ村周辺では、この30年ほどの間に畑地の拡大によって、森林の後退や休閑期間の短縮が起こり(Kalindekafeら 2000)、漁労はより効率的な方法へと変化した (Nakayama、 2008)。従来のセクター別のアプローチでは、このような変化は、住民達が人口増加と商機の拡大にあわせて思慮なく環境利用を激化した結果ととらえがちである。一方セクター横断的アプローチでは、少々異なる解釈が可能になる。ここでは灯火を用いたウシパ漁における、松明から灯油ランプへという漁具の変化の例をみてみよう(Nakayama、 2008)。

チンドズワ村はンカタ・ベイ水産局の近くにあって、さまざまな改良技術の恩恵に浴する機会めぐまれたにもかかわらず(Chirwa、1984)、灯油ランプの導入においてマラウイ湖全体からみれば三十年ほどの遅れをとっている。村人はランプを導入することで、現金のあるなしによる漁獲機会の不均衡が生ずるとして、松明にこだわったのである。ところが1980年代に東南アフリカで拡大したキャッサバの大虫害により、畑を放棄して新たに森林を伐採して開墾せねばならなくなったときに、これ以上森林に負担をかけられないとして、灯油ランプによる漁に転じたのである。またその際、一時的な食糧支援のメイズ(トウモロコシ)の流入により、住民が練り粥の材料としてキャッサバの代わりにメイズを使い始めるなど食生活の変化が生じた。そして、メイズ(トウモロコシ)の購入代を得るため、漁撈の商業化への転向が正当化された。主食にメイズという選択肢ができたことで、村人たちは疲弊した畑地からの土壌流出を防ぐために乾季のキャッサバ収穫を控えるようになった。以上のように、この例は、村人たちが生態系サービスの最適化のために、陸域と水域の利用のつながりや、村内の資源利用の機会均等などに配慮している様子を示しているのである。

5.多様な主体の参加

上述の森林後退への懸念は、1988年以降、漁撈者たちを中心としたさかんな植林活動へと展開した。例えば、くり舟に天然の広葉樹を用いるかわりに、生長のはやい移入種である Gmellina が家の周囲に計画的に植栽された(図10)。この樹種は育てながらに舟の形に整形でき(図11)、刈り取られた枝は燃料として使用される。世帯ベースで開始されたこの活動は、2009年には住民組織CHIMO (Chindozwa Home-based Initiative, Mng’ona Organization)へと統合され、ンカタ・ベイ県コミュニティ事務所への登録へと至った。CHIMOはその活動域とパートナーシップを近隣村や政府機関および教育研究機関、そしてローカルNGO/NPOへと急速に広げつつある。

図10 居住域におけるGmellinaの植栽(写真・中山節子)

(写真・中山節子)

6.地域住民の福利への貢献

チンドズワ村の人々にとって、陸域と水域の多様な生物相は生計維持にとって不可欠なだけではなく、彼らの福利の概念の根幹をなす。トンガはさまざまな規範や価値を副食とその内容によって表現することで知られている。主食であるキャッサバの練り粥に多種多様なおかず、とくに湖の魚を添えることこそが、当人の健康や豊かさ、社会的幸福のあらわれととらえられており(Van Velsen、1964)、それはさまざまな生計活動と、世帯間の頻繁な分け合いによって可能になる(Nakayama、1998)。この「おかずによる福利」は、陸域と水域の統合的管理なしには達成され得ない。「おかずによる福利」は土地と湖を人々の心と umoyo(腹―生)を通じて結びつけ、彼らの身近な小流域を統合的に管理しつづけるインセンティブを与えるのである。

調査について

本調査は国連大学高等研究所のSATOYAMAイニシアティブの活動の一環として、国連大学高等研究所との契約により中山節子により実施された。本調査は、文献レビュー、著者の1996-2009年までの過去の研究データの検討、また、マラウイにおけるワークショップ(2009年ムズズ大学における北部地域ワークショップ)に基づく。地域ワークショップの開催に際し、National Herbarium and Botanic Gardens of MalawiのJ.H.セヤニ氏に多大なる協力を頂いた。また、1996年以降、著者の研究を導いてくれたチンドズワ村及びンカタ・ベイの住民に感謝の意を表する。

参考文献

Ambali, A., H. Kabwazi, L. Malekano, G. Mwale, D. Chimwaza, J. Ingainga, N. Makimoto, S. Nakayama, M. Yuma, Y. Kada. 2001. Relationship between local and scientific names of fishes in Lake Malawi / Nyasa. African Study Monographs, 22(3): 123-154.

Chirwa, W.C. 1984. Technical improvement, social and economic relations in the fishing industry: the case of the Chizi area, Nkhata Bay District. B. Honors Thesis, Zomba: Chancellor College, University of Malawi.

Fryer, G. 1959. Trophic interrelationship and ecology of some littoral communities of Lake Nyasa with especial reference to the fishes, and a discussion of a group of rock-frequenting Cichlidae. Proc. Zool. Soc. London, 132(2): 153-281.

Fryer, G. 1999. Local knowledge of the fishes of the ancient lakes of Africa, and an example of comprehensive understanding. In H. Kawanabe, G.W. Coulter, A.C. Roosevelt (eds), Ancient Lakes: Their Cultural and Biological Diversity. Kenobi Productions, Ghent: 263-270.

Kalindekafe, Meya Patricia, Michiro Fujihara & Mahito Kamada. 2000. Land Use Histories and Fuelwood Consumption in a Highly Populated and Degraded Area in Nkhata Bay District, Malawi. Natural History Research, 6(1): pp.23-38.

Jackson, P.B.N., T.D. Iles, D. Harding, & G. Fryer. 1963. Report on the Survey of Northern Lake Nyasa: 1954-55. Zomba: Government Printer.

Nakayama, S. 2008. “City Lights Emblaze Village Fishing Grounds“: The Re-imaginings of Waterscape by Lake Malawi Fishers.” Journal of Southern African Studies, 34(4): 803-821.

嘉田由紀子、中山節子、ローレンス・マレカノ 2002.「ムブナはおいしくない?―アフリカ・マラウイ湖の魚食文化と環境問題」. 宮本正興・松田素二(編)『現代アフリカの社会変動 ことばと文化の動態観察』.pp260-28. 人文書院. 京都

Nakayama, S. 1998. “Food-Sharing and ‘Relish Culture’ among the Lakeside Tonga, Nkhata Bay, Malawi.” In Final Report for the Toyota Foundation Project: Methodological Research on Participatory Conservation of Ecosystems Based on the Daily Life Culture as for Lake Resource Utilization around Lake Malawi – A Comparative Perspective with Lake Biwa Area –. With the University of Malawi, Lake Biwa Museum, and Kyoto University. 9(1-16).

Rusuwa, B., A. Maruyama, & M. Yuma. 2006. Deterioration of cichlid habitat by increased sedimentation in the rocky littoral zone of Lake Malawi. Ichthyological Research 53: 431-434.

Van Velsen, J. 1964. The Politics of Kinship: A study in social manipulation among the Lakeside Tonga. Manchester University Press, Manchester.