International Satoyama Intiative

SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)は、持続可能な社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(SEPLS)の価値を世界で広く認識してもらうことによって、その保全と再生を促進する取り組みです。

ドイツにおける景観管理

提出機関: ---
提出日: 03/05/2010
カテゴリー:
  • 凡例:森林
  • 凡例:草地
  • 凡例:農地
地区: バイエルン州
国名: ドイツ
詳細地図: 詳細地図(Google map)
要旨: EUでは、環境政策を、農村の環境保全や持続可能な生産の支援へと発展させ、2004年にNatura 2000ネットワークを設置している。農家が減少し、経営を継続している農家でも採算性の確保が困難な中、次に示すような経営の多角化を推進することで、経済的刺激を与えている。

・付加価値型の生産物販売の促進や、ツーリズムとの連携

・リサイクル、肥料生産やバイオガス発生のための補助金

・森林の枯死木の保存による昆虫類、陸生貝類、菌類等のハビタット保全

ランドスケープ管理において重要な点は、政府、地域住民全体、地元企業、NGO、NPOを含む各当事者が議論を尽くし、景観の要素の調和を図ることである。

「農村空間の基盤整備と発展」という新たな目標を達成させるため、ドイツの農業政策では、農業を生産だけではなく、「田園環境の管理者」の役割を担うものと捉え、視野を拡大している。また、より大きなレベルでは、EUの環境政策において、生物多様性保全のために、種の保全から地域の保全へ、そして多様な生態系のネットワーク形成へと発展させることを目指している。
キーワード: 生態系ネットワーク、Natura 2000、農業における生物多様性保全
著作者について: 松島 昇専門は社会経済学。様々な途上国の人間活動と自然資源管理の望ましい関係について、幅広く関心がある。1989年以降、東南アジア、中国、中近東、アフリカ、南米そして太平洋諸島などの農村地域において数多くのフィールド調査経験があり、有用な提言をしている。

市河 三英 財団法人自然環境研究センター・主席研究員。専門は森林生態学。東南アジアにおいて、食用野生生物に関する情報を集めている。2008年よりSATOYAMAイニシアティブ業務に参加。これらのプロジェクトを通じ、長きにわたって他の生物と共に生きてきた先人たちの知恵を見聞きしている。自身も野生生物を尊敬している。
関連リンク: EU環境庁(英語)
EU環境庁の生物多様性キャンペーンサイト(英語)
ドイツ、バイエルン州環境庁(英語・PDF)
ドイツ、バイエルン州食糧、農業、森林省(ドイツ語)
ドイツ、バイエルン州自然保護同盟(NGO, ドイツ語)
ドイツ連邦自然保全局 ナチュラ2000サイト(英語)

開発の進んだヨーロッパでは、農地が土地利用の過半を占めている。従って、ヨーロッパにおいては農地が、生物多様性を保全するための重要な対象地域となる。「田園環境の管理者」たる農民と、田園景観保全に携る州環境省、Natura 2000を実施する営林署などを、ドイツ南部のバイエルン州に訪ねた。

ドイツ南部の自然植生は、主にヨーロッパブナ( Fagus sylvatica)を中心とする落葉広葉樹林である。しかし、森林の大半は歴史の経過ともに農地に転換されていった。総じてドイツの森林は国土の三分の一に留まり、山地では森林の比率が大きくなるが、農地の高い生産力と比べると森林の生産力はるかに低い。従って、耕地、草原、牧草地の占める面積比率が大きくなった。このような南ドイツの田園の景観は、中世からほとんど変わっていないと言われている。

しかしながら、田園景観には農業及び環境政策が深く関与する。1960年代に実施されたEUの共通農業政策CAPは、当初は農民の所得保障と食糧自給を目指した。その後EU各国の農業は一時期過剰競争や過剰生産などの深刻な混乱に陥った。そうした中でいち早くドイツでは1976年に農地整備法を大改正して、環境重視型の農村整備政策へ転換している。EUとしても共通農業政策CAPを、農村の環境保全や持続可能な生産の支援等に主力を移している。さらにEUでは、生物多様性に関して1979年の鳥類保護指令、1992年の生態系保護指令さらに2004年には鳥類・生態系保護両指令を包括したNatura 2000ネットワークを設置へと環境政策を発展させている。

写真 1.典型的なドイツの農村景観 (写真 自然環境研究センター)

1.多角化する農業経営

牧歌的な田園景観に変化はないが、その田園環境の管理者たる農民の農業経営は混乱もあり、大きな波乱を超えてきている。田園に居住している多くの元農民がサラリーマンや工場勤務に転職している。そこで今日農業を続けて、少数となった農業経営者は広い農地を借りることができ、経営規模が拡大した。

インタビューした2軒の酪農家は、①ヤギ酪農家(ヤギチーズ生産販売)と②ウシ畜産農家(直営レストラン経営)である。その土地利用は、①は経営面積170haを牧草地100haと農耕地70ha、内自家所有地29ha、②は170haを牧草地140haと農耕地30ha、内自家所有地35haである。農地整備法の大改正が、農業経営の少数化と規模拡大に寄与している。

農業を続ける少数の農民も、単なる農作物の生産では採算が難しく、付加価値を高める加工販売やツーリズムとの連携などの経営の多角化に努めている。ヤギ酪農家は、牛からヤギに切り換え、ヤギの乳からチーズの生産加工を開始して、農林大臣賞を得るほどの高い生産技術をつけるとともに、親子2世代で自らスーパーや生協への販売活動を展開してきた。

もう一軒の直営レストラン営業者は、牛の畜産をメインとしているが、そこには観光バスがのりつけるほどの直営レストランを営業している。レストランは娘夫婦が中心となっているが、牧場経営の親夫婦のほうはレストランに肉、ソーセージ、ハム、チーズ、バター、パン、ケーキ、野菜、果物などを提供している。まさに産地直送で飼育された牛肉は直営レストランの客に提供される。このレストランは田園のど真ん中に位置するばかりか、観光牧場も兼ねている。

さらに15年ほど以前にリサイクルとバイオガスに対する政府の補助金と技術支援が行われている。畜産の副産物である牛の排泄物は、バイオガスと液肥とに変換され、液肥は良質の肥料として牧草育成に施される。一方のバイオガスは発電されて照明、冷凍施設、暖房などに利用されている。ここには畜産にともなう悪臭がないばかりか、雪の多い冬季は舎飼いとなるため、排泄物は集中してリサイクルされるため、電気はほぼ完全に自給される。

2.Natura 2000と森林管理

牧草地の背後に広がる森林では、林業を含む森林管理が営まれている。ドイツの林業は、これまではモミなどの針葉樹が主だったが、近年では広葉樹が見直されている。シュッペサルトは、フランクフルトの東約60kmに位置する標高約500mの丘陵地帯に広がるヨーロッパブナ( Fagus sylvatica)やフユナラ( Quercus petraea)が優占する落葉広葉樹林である。ブナは盛んに天然更新するが、歴史的に建築材をとるためにブナ林の中にナラのドングリを播種造林してきた。ここのブナ林は、中部ヨーロッパの中でも最も生物多様性の高いことから、EUに共通する自然保護政策であるNatura 2000で、自然度が最も高い生態系として積極的に自然公園やNatura 2000サイトとして重複指定され、保護されている。

写真 2. ブナ、ナラ高齢林  (写真 自然環境研究センター)

Natura 2000は、鳥類保護指令(1979年)及び生態系保護指令(1992年)を基礎として、EU内に生態的なネットワークをつくることを目的とした包括的な自然保護政策である。もとより生態系保護指令は、鳥類保護指令を補完する形で実現されていることから、Natura 2000ではそれまでの種を対象とした保全から地域を対象とした保全している。地元営林署がブナ林内での一部に枯死木を保存している。ここでは枯死木をビオトープの木として林内に積極的に残すことによって、材を食する昆虫類、陸生貝類(カタツムリやナメクジなど)、菌類などの生息環境を保全し、多種多様なキツツキやコウモリが棲息している。

3.景観管理担当の活動:バイエルン州環境省

著者らは景観管理所管の活動を確かめるために、バイエルン州環境省で自然保護・景観管理・エコロジーを担当する第5部の、景観開発Unit52を訪問した。当担当の主たる業務は、田園景観の保全である。担当者によれば景観保全のカギは、住民、NGOを含む各当事者が議論を尽くし、景観の要素の調和を図ることに尽きるという。

ドイツは開発が進んでおり、どのような田園地帯においても、ハイウェー建設、大規模スーパーや工場の進出などの地域開発問題が必ず起きる。例えばヘッセン地方の場合、景観の要素として、羊の放牧のための草原やその背景を構成する森林が重要となる。森林には地質条件のみならず、歴史的経済的条件からも森林として必然的に管理され、存在してきた理由がある。その周辺の湿地にはビーバーが生息し、また水はけのよい傾斜地ではブドウを栽培し、ワインが作られている。このような景観を構成する背後には住民の営みがあり、またその近くの都市からはその景色を楽しむハイカーたちがおり、彼らも景観を支える要素である。

その際に「景観開発」担当は、調整者たる立場で、論議による調整を図る。その論者は、地域の各層の代表者たちによるばかりか、基本は土地のすべての人である。そして、開発問題が発生したら、できるだけ早い時点より始まることが重要である。課題は景観のすべての要素の調和、バランスをとることにある。ドイツには各地の自然資源及び社会経済の置かれている位置や要素を構造的に考察するラウムオルドヌンク(国土空間整備)という考えが発達しており、このことが広い環境保全に寄与している。

4.まとめ:ドイツにおける景観管理

1980年代の西ドイツ農業は、ECの共同農業市場の中で厳しい情勢にあった。このような情勢に対応するために1976年の農地法大改正を契機として「農村空間の基盤整備と発展」という新たな目標へと転換はじめたのである。ドイツの農業は、もはや農業単独ではなく、「田園環境の管理者」の役割を担う立場へとその政策の視野を拡大した(石井、2007:199)。

表1.欧州連合(EU)における農業政策(CAP)と環境政策(Natura 2000)の調整経過

年次 項     目
1958 EEC発足。(仏、西独、伊、蘭、ベルギー、ルクセンブルグの6カ国)

CAP共通農業政策導入:農業と非農業の格差是正

1967 EU最初の環境指令(有害物質)
1976 西独、農地法大改正。地域開発に自然保護と景域保全の義務
1979 EU鳥類指令(野鳥保護に関する理事会指令)
1992 EU生息地指令(自然ハビタット及び野生動植物の保全に関する)

CAP直接支払いの導入による農政改革

1993 EU設立。15国参加:91年のマーストリヒト合意に基づく
2001 EU理事会:農業のための生物多様性行動計画
2004 EU鳥類・生態系保護両指令を包括したNatura 2000ネットワークの結成

出所:日本生態系協会(2004:20)を改訂。

EUでは環境政策を特に生物多様性保全のために、種保全から地域保全へ、さらに多様な生態地域のネットワークへと発展を目指している(表1)。Natura 2000で強調している点は、田園景観や生物多様性という人間共通の目的のためにドイツ国民はそれなりに高額の負担を担っている。

例えば田園に居住する離農者たちも、居住地である田園環境を自分たちの環境として、その環境管理にはコミュニティーメンバーとして発言を続けている。そこには居住者は、「自分たちの環境は自ら守る」という以前からのコミュニティーの意識を継承していると考えられる。このように住民レベルの高い環境意識があってはじめて、田園環境を農業経営が支え、それへの高額の直接支払いが可能となっている。

参考文献

Bavarian State Ministry for Environment, Public Health and Consumer Protection . 2008. Nature.Diversity.Bavaria.31pp.

石井寛・神沼公三郎編.2005.ヨーロッパの森林管理.日本林業調査会,333pp.

石井素介.2007.国土保全の思想―日本の国土利用はこれでよいのか―.古今書院, 342pp.

日本生態系協会.2004.改訂版 環境の時代を迎える世界の農業―生き物を大切にする農業の法律.日本生態系協会, 148pp.