International Satoyama Intiative

SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)は、持続可能な社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(SEPLS)の価値を世界で広く認識してもらうことによって、その保全と再生を促進する取り組みです。

東京都町田市における伝統的手法による農地保全

提出機関: ---
提出日: 03/05/2010
カテゴリー:
  • 凡例:森林
  • 凡例:農地
地区: 東京都町田市
国名: 日本
詳細地図: 詳細地図(Google map)
要旨: 町田市は、東京の中心部から30kmほどの場所に位置しており、1970年代に開始した急激な住宅地開発により、1958年から2005年までに人口は6.6倍に増加した。安価な石油燃料と化学肥料の使用増加により、過去において自然資源の循環利用が行われていた、谷戸(丘陵地に開析された谷地形)の森林が有していた、燃料や堆肥の原料の採取場所というメリットは失われた。約37000m 2が公有の保全地域に指定された後も、適切な管理が失われたことにより、遷移が進行し林の質の低下した。結果的に、谷戸に特有の動植物が著しく減少することになった。

これに対応するべく、地域住民が「町田歴環管理組合」を結成し、伝統的な農法を心得ている地域の農家自身が保全地域の谷戸の植生管理を行うことを提案した。組合の主な取組は、植生管理、看板等設備設営、谷戸の復元や、動物管理である。この取組は、公有地を地元住民が管理している数少ない例であり、伝統的知識の活用、人間の管理による生物多様性の向上など多様な意義を有している。
キーワード: 人為的介入、谷戸、伝統的農法
著作者について: 松井孝子 株式会社プレック研究所環境共生部部長。1982年より現職。これまで自然環境の保全・活用に関する調査・計画、地域づくりにおける市民参加・合意形成支援、環境アセスメント技術ガイド作成等の業務に従事。現在はSATOYAMAイニシアティブ関連業務、自然公園に関する調査・計画業務などを担当。

河島泰斗 株式会社プレック研究所環境共生部次長。1997年より現職。これまで自然環境の保全・活用に関する調査・計画、農地保全・農業振興に関する調査、地球温暖化対策に関する計画等に従事。現在はSATOYAMAイニシアティブ関連業務、農業と生物多様性に関する調査業務などを担当。

笠原岳洋 株式会社プレック研究所環境共生部研究員。2008年より現職。これまで自然環境の保全・活用に関する調査・計画、環境影響評価等に従事。現在はSATOYAMAイニシアティブ関連業務、自然公園に関する調査・計画業務などを担当。
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東京都は、町田市図師・小野路地区のうち、伝統的な谷戸の土地利用が残されている約3万7千㎡のエリアを、都条例に基づく「図師小野路歴史環境保全地域」に指定している。この保全地域のうち都が所有する農地では、地元の農家が組織する「町田歴環管理組合」(理事長:田極公市)によって、伝統的手法による農地の保全・管理が行われている。

1 地域の概況

東京都町田市は、首都・東京の中心(皇居)から直線距離で約30kmに位置する。町田市は20世紀中頃までは農村地域であったが、1960年代以降に急速に住宅開発が進み、東京のベッドタウンとなっている。町田市の人口は、1958年には61,105人であったが、1960年代以降の急速な住宅開発により、2005年には405,534人にまで増加している(47年間で6.6倍)。

町田市域の大部分が丘陵地であり、最低標高は27m、最高標高は363mである。気候は温暖かつ湿潤であり、年間平均気温は約14℃、年間降水量は約1,600mmである。

町田市北部には、谷戸の地形と、そこでの伝統的な土地利用に基づく二次林及び水田等の二次的自然環境が残されており、今日の都市近郊では貴重な動植物を見ることができる。谷戸の特徴的な生物として、地域のアンブレラ種である猛禽類(オオタカ等)、二次林に生息する昆虫類(オオムラサキ等)、水田や水路に生育する植物(イネ科草本、藻類等)が挙げられる。

しかし近年では、開発によって二次的自然が量的に減少していることに加え、残されている場所も管理不足によって植生遷移が進行しており、質の劣化が顕著である。このため、かつて谷戸において典型的であった生物が著しく減少しており、数多くの種が国又は東京都のレッドリストに掲載されている。

2 地域の自然資源の利用・管理の実態

2.1 自然資源の利用・管理の経緯と現状

町田市の北部には、起伏に富む地形に応じた伝統的な土地利用が概ね継承されており、河川に沿った細長い平地には農地及び集落が分布し、その周囲を取り巻く丘陵地には森林が分布する。特に、丘陵地が浸食されて形成された谷状の地形である「谷戸」には、源頭部の湧水を利用した水田、斜面の二次林、畑、集落などがモザイク状に組み合わさった伝統的土地利用が継承されている。

谷戸の農地では、農地では、食用として米、野菜、果樹などの栽培及び家畜の飼育が行われている。森林では、かつては木材、炭、堆肥等の林産物の生産が行われていたが、近年は生産量が著しく低下している。

2.2 自然資源の利用・管理の問題点及び生物多様性への影響

町田市域では、1960年代以降の丘陵地の住宅開発により、地形及び土地利用の改変が進み、野生生物の重要な生息・生育環境である森林及び農地が大幅に減少した。

また、化石燃料の普及による薪及び炭の需要の減少と、化学肥料の普及による森林由来の堆肥需要の減少により、森林の利用量が著しく低下し、長年にわたって維持されてきた二次林の遷移が進行し、野生施物の生息・生育環境の劣化を招いている。特に、かつて循環型の自然資源利用が行われていた谷戸は、安価な化石燃料及び化学肥料の普及によって、身近な二次林から燃料及び肥料を採集できるというメリットが失われ、その一方で、小規模かつ傾斜地であるため農業の合理化が困難というデメリットが顕著になったため、利用価値の低い土地と見なされ、開発や管理放棄が進んでいる。

2.3 上記問題点の解決に向けた地域計画等

町田市は、2002年に策定した「町田市環境マスタープラン」の施策体系別計画の一つとして「、自然環境・歴史的文化的環境の保全と回復」を位置づけ、市、土地所有者、NPO、ボランティア等のパートナーシップにより、谷戸に代表される二次的自然の保全及び回復に取り組んでいる。

また、東京都は、「東京における自然の保護と回復に関する条例」に基づき、谷戸の伝統的な土地利用及び農業が継承されている町田市内の地域を「図師小野路歴史環境保全地域」に指定するとともに、自然の保護と回復のための方針及び規制等に関する計画(保全計画)を定め、谷戸の自然環境、歴史、文化の保全に努めている。

写真1:谷戸の景観 写真提供:田極公市氏

3.取組事例の内容

3.1 背景と経緯

東京都は、本地域の自然環境及び歴史文化環境の価値を踏まえ、1978年に「図師小野路歴史環境保全地域」を指定した。歴史環境保全地域は、人の立入を制限し、営農行為によってのみ自然環境を保全するという方針で定められ、保全地域の利用については厳しい規制が行われることとなった。

しかし、国による減反政策の影響により、保全区域内の私有地の農家の営農意欲が低下し、耕作放棄が進み荒廃していった。さらに、公有地化されていた部分は、入札資格を持つ特定業者だけが東京都からの植生管理の委託を受けていたが、適切な管理が行われず荒廃が進んでいた。

上記のような状況を憂慮した地域住民は、「町田歴環管理組合」(以下、「歴環組合」と呼ぶ。)を結成し、保全地域内の公有地の谷戸における植生管理は。伝統的農法に精通した地元農家が行うことが望ましいということを提言した。また、東京都と協力して谷戸における伝統的農法や植生管理手法を「保全地域における谷戸の管理手法」としてまとめた。

これらを踏まえ、東京都は、歴環組合に対して植生管理を委託することとなった。

3.2 主な取組内容

歴環組合の取組は、「生物の多様性を確保すること」「良好な谷戸景観の保全を図ること」「水環境、上流域の治水の保全に重点を置いた管理を行うこと」を方針としている。

主な取組内容は次の通りである。

  • 植生管理(草刈り、落ち葉掃き等)
  • 保全工事(案内板等の設置)
  • 谷戸復元(多様な生物が生息する水辺環境を創出するため、放置された谷戸を復元)
  • 動物管理(オオタカ等の繁殖や生育環境を守るためのカラス駆除等)

写真2:管理開始前の谷戸と開始後の谷戸 写真提供:田極公市氏

写真2:管理開始前の谷戸と開始後の谷戸 写真提供:田極公市氏

4.SATOYAMAイニシアティブの視点から見た自然資源の利用・管理の実態

4.1 環境容量・自然復元力の範囲内での利用

本地域を始めとする谷戸では、地形や土壌、気候等の自然環境に適応した土地利用として、谷部の水田や斜面の二次林等が組み合わさった土地利用が形成されるに至った。また、このモザイク状の土地利用において、環境容量と自然環境の復元力の範囲内で持続可能な自然資源の利用・管理が行われ、その結果として多様な生物が息づく良好な二次的自然環境が維持されてきた。

東京都から植生管理を受託している町田歴環管理組合(以下「歴環組合」と呼ぶ)は、当該地域における生物多様性及び生態系サービスについて十分に理解しており、下記の3つを方針として管理を実施している。

表 歴環組合の管理方針と生態系及び生態系サービスの価値との関係

管理方針 関係する生態系及び生態系サービスの価値
生物の多様性を確保すること ・生物多様性
良好な谷戸景観の保全を図ること ・文化的サービス(歴史文化的環境)
水環境、上流域の治水の保全に重点を置いた管理を行うこと ・供給的サービス(水源涵養)

・調整的サービス(洪水制御)

東京都や研究者が生物調査を継続的に実施しており、各調査時点での評価と、これらの経年比較による取組効果の検証が行われている。下記はその一例である。

表 伝統的手法による生物多様性保全へのプラスの影響を示す一例

調査時期 概要
1986年 ・管理が始まる前の1986年に東京都環境保全局が行った「図師小野路歴史環境保全地域動植物調査」において保全地域内で確認された植物の自生種数は、115科591種であった。
1996年

2002年

・1996年から2002年にかけての調査では、自生種として128科680種の植物が確認され、1986年の調査結果と比較すると、89種が新たに記録されている。

・新たに追加された種の中には希少種・貴重種も多く含まれていた。

・谷戸が管理されるようになり、植物の種数は明らかに増加している。

出典:図師小野路歴史環境保全地域貴重動植物調査委託報告書、東京都多摩環境事務所・㈱緑生研究所、2002

4.2 地域の伝統・文化の評価

東京都は、1995年に「保全地域における谷戸の管理手法調査」を行い、水田耕作が継続している谷戸と管理が放棄された谷戸との生物相の比較調査と、地域の農家によって従前から行われてきた谷戸の伝統的な管理手法の整理を行った。この調査によって、管理が放棄された谷戸では水田の陸地化によって環境が均一化しつつあったのに対し、水田耕作が継続している谷戸では「農道」「土手」「水路・ため池」「畔」「休耕田」といった細かい環境区分が存在し、さらにこれらが周囲の森林と組み合わさることにより、生物多様性が高いモザイク状の土地利用となっていることが明らかにされた。

歴環組合は、上記の「保全地域における谷戸の管理手法調査」によって整理された伝統的技術をマニュアル化し、これに沿って植生管理を行っている。植生管理の目標として、管理が放棄され環境が均一化しつつあった農地において、伝統的な環境区分を復活することが掲げられた。

また、個別の作業においては、伝統的な農業土木技術や物質循環の考え方に基づく手法が採用されている。例えば、ため池の復元においては、周囲の森林の間伐によって伐りだした材をため池の杭や堰の資材として利用し、伝統的な農業土木技術を駆使した工法により復元した。

このような伝統的知識を再導入した今日の植生管理により、誰も踏み込めないほど荒廃していいた谷戸を復元することができた。

4.3 多様な主体の参加と協働

本地域では、土地所有者である東京都と、植生管理の実施主体である歴環組合を中心として、研究者(歴環研究者連絡会)等の多様なセクターの関係者が関与しており、それぞれの立場や専門領域に応じた役割分担及び連携のもとで取組が進められている。

表 事例の関係者と役割分担

土地 関係者 役割
図師小野路歴史環境保全地域(公有地) 東京都 土地所有者、保全施策実行者
町田歴環管理組合(地元の農家による任意団体) 管理主体(東京都からの委託)
歴環研究者連絡会(当該地域をフィールドとして自然環境及び歴史文化環境の保全に関する研究を行う専門家のネットワーク) 生物に関するモニタリング調査、専門的な知見の提供
町田市、民間企業、ボランティア 人手や資金等の支援

4.4 地域社会・経済への貢献

歴環組合を構成する農家は、自分たちが先祖代々育んできた谷戸の自然環境及び歴史文化環境の劣化に危機感を抱き、それを復元できるのは伝統的な知恵を継承してきた自分たちであることに確信と誇りを持ち、それを行動に移して着実に成果を挙げている。

この取組は、日本内では数少ない「公有地における地元住民による管理」の希有な事例であるとともに、その他にも「地域の伝統的知識の継承と活用」、「人間による管理の復活による生物多様性の向上」といった多面的な意義を持っていることから、同じ問題を抱える日本の都市近郊地域の関係者から注目を集めており、これまで様々な表彰などを受けている。

以上のような経緯を通じて、地域の農家は、自然環境及び歴史文化活動の保全に寄与する自分たちの生業に対してより一層誇りを高めるとともに、コミュニティの結束が強めることができた。

調査について

本調査は、環境省委託事業の一環として、株式会社プレック研究所の松井孝子、河島泰斗、笠原岳洋が、田極公市氏(町田歴環管理組合理事長)及び東京都環境局自然環境部へのヒアリング調査、現地調査及び既往文献調査に基づいて実施した。

調査にご協力を頂いた関係者の皆様に謹んで御礼を申し上げる。

参考文献

・北川淑子(2002)「管理組合による里地の自然再生」(武内和彦、鷲谷いづみ、恒川篤史編「里山の環境学」p.150~164)

・東京都多摩環境保全事務所、(株)自然教育研究センター(1996)「保全地域における谷戸の管理手法調査報告書」

・東京都多摩環境保全事務所、(株)緑生研究所(2002)「図師小野路歴史環境保全地域貴重動植物調査委託報告書」

・環境省自然環境局(2009)「平成20年度重要里地里山選定等委託業務報告書」